「奇説著聞集(田家茶話)」大蔵永常著
四巻 飼猫忠死せし話
文政十とせの夏の頃、大阪にて或家に人来りて、今日不思議なる志の餅をもらひたりと云、何事にやと尋れバ、猫の百廻忌とて其親類より来りたるよしなれバ、其来歴を問しかバ、猫の百廻忌せし家にてむかし壱人の娘をもてり、年十六なる時、内に飼置る雄猫此娘に付あるき暫も離るゝ事なかりけれバ、父親心付大ひに腹を立、年来飼置ける恩もしらで娘を見入たると見えたり、殺さずバあるべからず抔(など)ひそかに語りあひけるを、いつの間に此猫聞けるや、其夜主の枕元に来り人語をなして云やう、私が御娘様を見入しと御疑ひ被成候趣御尤に奉存候、決而(して)左様成事にてハ無御座候、此御家の蔵に年経し大鼠あり、此鼠娘御を見入申候故、暫にても私付添居不申候ハゞ忽ち変事起り候ハんと存候也、されバ御疑心御はらし被下(くだされ)よかし、私壱疋にてハ中々其鼠にハ叶ひ不申候まゝ、安冶川何丁目何屋何某といへる家有、此家に飼れたるぶちと申大猫あり、此猫を御借なされ候ハゞ私と二疋にて彼鼠をたいらげ可申(まうすべく)と云かと思へバ夢さめけり、あまり不思議なれバ家内に語り、翌朝とく起き、安冶川に至り其家を尋けれバ早速知れたり、主に逢て猫の告たる訳を話、其猫をしバしかり申度よし云ひけれバ、いと安き事也、連てまゐられよと云に任せ連帰りて、其夜二疋の猫を蔵に入けれバ、暫あつておそろしき物音して又静になりし故、打寄戸を明ミれバ猫と鼠三疋共組合ながら片いきになり居たりけれバ、先(まづ)鼠のとゞめをさしよくよく見れバ大きさ猫位もあるべし、扨(さて)此二疋の猫にハ人参などをのませけれども次第次第に弱り、終に二疋とも死たり、鼠ハ川へ流し猫ハ寺へ念頃に葬むりけるとなん
【現代語訳】
文政十年の夏の頃、大阪のある家に人が来てこう言った。
「実は今日、不思議ないわれのお餅をいただきました。」
どういうことかと聞くと、猫の百回忌のためだという。それで、そこに来ていた親類の人に事の由来を聞いてみると、猫の百回忌を行った家には昔、一人の娘がいて、その娘が十六歳のときのこと。家で飼っていた雄猫がなぜかこの娘にいつも付き添っていて、片時も離れることがないという。父親はこれに大変怒り、『長年飼ってやった恩も忘れて、わが娘を見入ったとみえる。殺してしまうしかあるまい』などと家人たちとひそかに相談しているのをいつの間にかこの猫が聞きつけたようで、その夜、主の枕元に立ってこう言った。
『私があなたさまの娘様を見入ったと疑っておいでなのはごもっともでございますが、決してそのようなことはございません。実はこの家の蔵に年齢を重ねた大鼠がおりまして、こやつが娘様を見入りましたため、私がずっと付き添っておりましたのを誤解されたのでありましょう。どうか疑いを晴らさせてくださいませんか。私一匹ではなかなかその鼠にはかないませんので、安冶川何丁目のどこそこという家にぶちという飼猫がおります。この猫をお借りくだされば、私と二匹であの鼠を退治いたしましょう。』と語ったところで主は目を覚ました。
なんとも不思議な夢だったので家内にその話をし、翌朝ただちに安冶川に行くと、その家はすぐに見つかった。
家の主人に会って夢で猫の話したことを説明し、お宅の猫をしばらくお借りしたいのだがと言うと、『お安いご用です、どうぞお連れください。』とのこと。
言われるまま連れて帰り、その夜、二匹の猫を蔵に入れてみたところ、しばらくして恐ろしい物音がしたかと思うとまたすぐに静かになった。近づいて戸を明けてみると、猫と鼠の三匹が組み合ったまま息も絶え絶えであった。まず鼠のとどめをさしてから落ち着いてよく見ると、なんと猫ほどの大きさもある大鼠であったという。
さて、この二匹の猫には人参などを与えたけれども回復せず、ついに二匹とも死んでしまった。鼠は川に流し、猫は寺に手厚く葬ったそうである。
いかがでした?
前回の話と舞台設定こそ違いますが、猫が夢に出てきたり、二匹の猫が協力して大鼠を倒すなど、大筋でよく似ていますよね。
次回もまたこのお話とよく似た内容のものをご紹介します。
(その3につづく)